皆様こんにちは、ただ今ご紹介にあずかりましたサトーホールディングスで人事の責任者をしております江上と申します。よろしくお願いいたします。
今、石山先生がお話されたとおり、事例の紹介ということで、正直我々も苦悩しながら日々やっておりますので、悩みも含めて皆様と共有できたらと思います。
それでは、ポイントをかいつまんでお話したいと思います。また、良い面だけでなく、なるべく実態をお話したいと思います。
本題に入る前に、サトーホールディングスとはどんな会社がご存知でない方もいらっしゃると思いますので、簡単にご説明をしたいと思います。ご興味があればHPもご覧頂ければと思いますが、弊社は「『物』と『情報』を繋ぐ会社」ということで、皆様の生活に関連したところで申しますと、例えば小売店の値段ラベルなどを印字するプリンターや、ラベルそのものを製造している会社です。いろいろなところにサトーホールディングスの商品があると言えます。数字で言いますと、社員数は約5,000人で、国内2,000人、国外3,000人となっています。売上高が約1,100億円という会社です。
サトーホールディングスは始めからこのような事業を行っていた訳ではありません。1960年代を見て頂くと、ハンドラベラーということで、小売店でカチャカチャと値札を貼る作業をご覧になられたことがあるかと思いますが、あれがサトーホールディングスの商品です。もともと1960年代はじめに世界で初めて開発したと言われております。その後、POSが登場し、小売店の主要な値段ラベルも値札からバーコードに代わっていったため、それに呼応する形でバーコードプリンターを作ったり、ラベルを作ったり、現在ではそのソリューションも一緒にご提案をしています。
我々の業界では自動認識ソリューションと言っていますが、先ほども申し上げたとおり「物」と「情報」を繋いだり、そこにソリューションをご提供するというということなのですが、お客様の現場は、例えば工場・小売・倉庫など多種多様であるため、それぞれのお客様の課題に応じた解決策をご提供することが重要です。従って、いかにお客様の現場での課題を分かっているか、どこまで課題をくみ取り提案に結び付けられるかが弊社のポイントであり、どちらかというと「商品」そのものというよりも「人」がどれだけお客様の課題をつかめるか=「現場力」がポイントとなっています。つまり「人」が価値の源泉となるため、我々は「個」ということに注力し、それぞれが思い描くステージやキャリア形成についていかに「個」に向き合うかを考えており、極論を言うと「個別の人事制度」もありなのではないか、とも思っています。当然ながらそんなに簡単な話ではなく、一律で管理した方が人事としてはやりやすい訳ですが、難しさをわかった上で究極的には「個」に向かってやっていきたいと考えており、これがダイバーシティにも繋がり、個の活性化がチームの活性化にもつながり、会社の成長にもつながると考えています。
ここから本題に入ります。私は2015年の秋にサトーホールディングスに入社しています。先ほど石山先生が2007年に65歳定年を取り入れたと仰いましたが、その時点で私はおりませんでした。ですので、サトーホールディングスの人事の責任者・当事者としてのお話もありますが、逆に言うと客観的に見られる部分もあるため、それを含めてご紹介したいと思います。
先ほど石山先生からもご紹介がありましたとおり、弊社は2007年に定年制を延長し、65歳としました。その時の創業家二代目社長 藤田には「やる気がある人であれば年齢に関係なくいつまででも働けるようにしよう」という想いがあったと聞いています。そのように考える経営者の方は多いとは思いますが、当然ながら人件費の関係や様々な制約があり、二の足を踏まれると思います。しかし、藤田はオーナー社長ということもあり、彼の強い信念に基づいてトップダウンで行ったというのが実際のところのようです。藤田は、「定年制は廃止しても良い」とまで考えていたようですが、そこまでは難しいということで、結局は65歳定年に落ち着いたそうです。2007年に導入した65歳定年制ではありますが、ここから様々なステップを踏んでいます。
「年齢に関係なく、やる気があればいつまででも働けるように」とは、逆に言うと「早く別のステージやフィールドへ行きたい人については、それを応援しよう」という意味合いでもあります。つまり、「いつまででも」とは必ずしも「長く」ということではなく、短くても良いということです。そういう事で、段階に分けて導入しています。
まず、定年を65歳に引き上げたのが2007年4月です。その後、いつまででも働けるようにということで、多くの会社では60歳から再雇用となるところ、弊社の場合は65歳からの再雇用を取り入れました。その時に、「あなたと決める定年制」という制度を導入しました。この制度では、会社とのニーズが合い、長く働きたければいつまででも働ける一方、早くお辞めになり、第二の人生は別のところで活躍したいという社員に対しては、それはそれで応援するという形となっています。
簡単にご説明しますが、その時に変えていなかったのが「役職定年」でした。「65歳定年」や、「あなたと決める定年制」を導入しましたが、一部の例外を除いて「56歳役職定年」は継続したままでした。これが次第に制度上の課題となっていったため、昨年の4月より、役職定年を56歳から60歳に上げました。ただし、それ以降も残れるような道筋は作ってあります。
「65歳定年」や「あなたと決める定年制」を取り入れるにあたり、キャリアプランセミナーを開始したり、キャリア支援室を新設したりしました。また、残ったままとなった「56歳役職定年」における賃金カーブは、56歳で一度ある程度下げ、60歳までは評価昇給等で上がっていき、60歳から65歳までは少しずつ下がっていくというものでした。
また、逆に早くお辞めになることに対してのサポートをするということで、51歳~62歳までの退職者は、年齢や資格によって300~2000万円の早期退職加算金のような制度を導入しています。このような制度を進めてきた結果、いくつかの課題が顕在化してきました。特に役職定年の部分です。
56歳で減額、そしてライン管理職から外れるということで、定年までの約9年間、役割が不明確なまま働くという状況が生まれるケースが出てきてしまいました。もちろん、自分の役割をはっきり定義し、頑張って自身でモチベーションを高く持って働ける人もいる一方、まわりに明確にしました。その代わり、60歳からは大幅に賃金を下げています。そのため、賃金だけで見ると60歳定年再雇用のように思えますが、「60歳であなたの役割が明確に変わります。だから賃金が下がります」という形にしようと決めました。ただ、年齢に関わらず活躍し続ける方はいるので、管理職に認められれば賃金の減額はしないという道も残されています。つまり、引退モードではなく学び悪影響を及ぼす人も出てきてしまいました。また、キャリアセミナー自体が「老後のマネープランをどうするか」という内容になってしまっていることも手伝って、「50代はもう引退モードである」と考える社員が多くなってしまうこともあり、モチベーションの低下に繋がっていました。
この状況は深刻だと判断し、いつまでもそれぞれの持ち場で会社の成長に貢献してほしい、つまり、引退ではなく、頑張りたい方はある意味永遠にでも頑張って頂けるようにしなくてはいけない、つまり50代は引退モードではないということを明確に打ち出すために、いろいろな取り組みを行いました。
一方で、人件費の増加は押さえたいということもあり、こういった中で今できる一つの解決策として、制度の改善に着手しました。これが良いかどうかは議論がありますが、まずは昨年の4月から、56歳の減額をやめました。また、役職定年もやめ、60歳までは第一線で働いて下さいというメッセージを続けてほしい、隠居してもらっては困るということを明確に言っているということです。
実際にどんな社員がいるかという例を簡単にご紹介します。
65歳以上の再雇用の社員は「プラチナ社員」と呼ばれています。
一人目は、65歳で再雇用のため給料は下がっていますが、自分の付加価値を見つけて、全国を飛び回っていろんな商談で活躍している人が良い例です。
二人目は、66歳まではプラチナ社員として働き、本人の意欲はありましたが、会社側のニーズと合わず退職したパターンです。簡単に整理すると、一人目は会社と本人のニーズや役割が合っていましたが、二人目は会社としてのニーズはないが、本人だけはやる気があるというミスマッチが発生しました。
三人目は、言葉は悪いですがまわりに悪影響を与えてしまったパターンです。56歳から役職定年となり、よく役割が分からず、モヤモヤしたまま65歳を迎えてしまいました。
四人目はライン管理職は外れたが、自分なりに65歳までの新しいキャリアプランを立て、上司と相談のうえ、様々なセミナーに参加して仕入れた情報に自分の知識を加えて後進の指導をバリバリに行ったパターンです。
五人目は、新しい制度となり、昔の制度では56歳で役職定年となっていたところを、逆にこの人はまだまだ伸びるということで、57歳以降に部長に昇進させ、第一線で活躍してもらったパターンです。
このようにいろいろなパターンがあるため、結局のところどこまでシステマチックにできるかという課題はありますが、会社の期待する役割と本人の希望とのマッチングが大切であると思います。
会社と本人とのマッチング度合はケースバイケースで異なりますが、1つ言えるのは、学習院大学の今野先生がおっしゃった「かわいい高齢者(※1)」という言葉があって、私はこの言葉がとても腑に落ちました。ベテラン社員の方は、過去の経験やプライドもあり、それをベースに上から目線になってしまう方が多くいます。しかし、それではうまくいきません。ですから、いかに自分の立ち位置や今の自分の役割は何かを理解してやっていかないと、「かわいい高齢者」にはなれません。また、ご本人が新しいことを自ら学んで変わる必要があります。つまり、客観性と主体性がないと「かわいい高齢者」になることは難しいと思います。
以上、こういうことをやってきました。しかし、100点満点ではありません。例えば賃金カーブだけで見ると60歳定年再雇用のような形になってしまっていますし、あるいは本当に65歳定年を維持すべきなのかということなど、次にやるべきことは沢山あります。今後、いろんなことを考えながらやっていきたいなと思っています。私からは以上です。ご清聴ありがとうございました。
※1:前学習院大学経済学部教授
今野浩一郎氏の言葉を引用