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【厚生労働省セミナー】
教育事業者へのナレッジ

【法政大学大学院 政策創造研究科】石山恒貴様

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大人の学びとキャリア形成のこれから
~パラレルキャリアを始めよう!~


法政大学大学院 政策創造研究科
教授 石山 恒貴 様
(2015年11月掲載)

今回は、法政大学大学院政策創造研究科の石山恒貴教授にお話をお伺い致しました。
石山教授は、2015年に「時間と場所を選ばない パラレルキャリアを始めよう!」(ダイヤモンド社)を出版され、これからの新しい働き方・キャリア形成の考え方や実現方法を提唱されています。
主たるキャリアの他に、NPO、地域活動、副業等、もう1つのキャリアを持つことが、自分のキャリア、人生の幅を広げることになり、かつ、企業の側にとってもイノベーション人材の獲得、というメリットがある、と説かれています。
また、社会人が学び直しを行うことも「仕事」と「学生」のパラレルキャリア※と言えるのだということも仰っています。
今回は、大人の学びとキャリアの関係について、また、資格取得のための学習がパラレルキャリアに与える影響について、といった観点からお話を伺ってきました。(インタビュアー:JAD事務局長 坂口 敦)

※パラレルキャリアとは:P.F.ドラッカーが著書「明日を支配するもの」で提唱した考え方。寿命が延びた時代において、今の組織・仕事とは別のもう一つの世界(仕事に限らず、社会活動、地域活動への参加等も含む)を持つことの重要性を説いている。

 

資格・技能とパラレルキャリアの関係について

- この度はお時間を頂き、誠にありがとうございます。当会は社会人向けの民間教育事業者の事業者団体でして、ホームページには会員企業の講座を修了した方へのインタビュー記事も掲載しております。
例えばこちらの方は、デコアーティストの資格を取得後、自宅で作品を作って自前のホームページで通販を行ったりしています。
「主婦業」と「起業」のパラレルキャリアの事例ではないかと思うのですが、いかがでしょうか。

石山 こういうのはすごくいいですね。
私の著作の中でも、「港南台タウンカフェ」の事例で主婦の方がカフェ内の小箱ショップというスペースを利用してビーズ作品などを販売しているケースを紹介しています。

実は、「パラレルキャリア」というと、どうしてもすごい人を想像されてしまうことが多いのです。
特別な人が特別な社会貢献をしている、というようなケースを想像されてしまうようです。
むしろ、こうした個人の方が趣味の世界から始めていくような事例の方が、私の訴えたかったイメージに近いですね。

- これまで、資格や技能の活かし方というと「キャリアチェンジ」というイメージが強かったのですが、これからはこの事例のように「パラレルキャリア」のスタイルに移行していくのではないか、と感じているのですが、先生はどのようにお考えでしょうか。

石山 そもそも「キャリア」という言葉ですが、日本では「キャリア組」、「キャリア官僚」といった「出世すること」「長期雇用の正社員の管理職を目指す人」という捉えられ方をしがちです。
しかし、「キャリア」という言葉はもっと柔軟で広がりを持ったものです。

人生ではいろいろな役割があります。
仕事以外にも、趣味を楽しむ、家事を行う、あるいは親として生きる、子として生きる、これらは全て人生における役割なのです。
働きながら学ぶ人は、学生という役割も担っているわけです。
こうした役割全てにおいて、自分の成長につながっていくものがキャリアだと考えています。

また、自己理解をかっちり行い、職業理解をかっちり行い、両者のマッチングを行うことだけがキャリアではないと思います。
こうした考え方ですと、キャリアチェンジという目標に向けてかっちり計画を立てて資格を取る、ということに限られてしまいます。

しかし、実際のキャリア形成においては、ちょっとした偶然の出会いやそこからの発展があるものなのです。
資格の考え方も、この仕事をやりたいからこの資格を取る、というだけではなく、資格を取る過程での偶然の出会いからキャリアが生まれるという柔軟性があった方が、広がりが出るでしょう。
キャリアブレイク(離職の際に有益な経験をしたと認識していること)を経た人のほうが、その後のキャリアに良い影響を与えているという調査があるのですが、その一つに、離職中の生涯学習の場で、新しく出会った人とのつながりからキャリアが発展していくというケースが見られます。

趣味的に始めた学びであっても、一歩踏み出すきっかけになればいいのではないでしょうか。
活動範囲が広がるなかでちょっとした自信を積み重ねていくことが、キャリアにはとても大切です。

個人のキャリア形成と企業の関係のこれから

- 広がりというのは重要なキーワードになりそうですね。
これからはキャリアを企業に委ねるのではなく、個人で形成する時代になっていくのではないかと思います。
ただ、企業の側としては、個人が広がりを持ってしまうと「会社を辞めるのか」という話にもなりそうですし、歓迎されにくいのではないかとも思うのですが。

石山 実は企業の側も、従業員のキャリアが広がりを持った方が良いはずなんですね。
実際に、企業の側にもパラレルキャリアを支援する動きが広がっています。
それは、イノベーション人材が求められていることが要因としてあります。

「キャリア・アダプタビリティ」(キャリアに対する適応力)を高めるにはどうしたらいいか、という理論があります。
それには、「関心」「制御」「好奇心」「自信」が必要だとされています。

「制御」は自分のキャリアは自分で作るということ。
「関心」は社会や自分のキャリアに関心を持つこと。
「好奇心」は外の世界への好奇心を持つこと。
「自信」は小さな成功を積み重ねていくこと。

これらの要素が良い循環でまわっていくことが理想的です。
こうした循環を生み出すためには、パラレルキャリアは非常に有効だと考えています。

ただ、実際にはまだ企業の受け入れという面では難しい面もあるでしょう。
私の研究でも、外部の風を吸った人が、中に戻ってくると周囲から叩かれる、という事例は多々あります。

欧米の場合は、仕事が明確に決まっていますが、日本は比較的曖昧です。
皆で仕事をし、自分以外の人の仕事を手伝うことが評価されやすい傾向にあります。いわゆる「メンバーシップ型」ですね。
となると長時間労働で残業して人の仕事を手伝う方が評価されることになり、なるべく会社に残って、会社に人生を預ける人が評価される、という悪循環になってしまいます。

しかし、それでは企業としては強くなりません。皆が同じ発想をしていては、新しい発想、イノベーションが生まれないのです。

 それはこれまでの成功体験の影響もあるのでしょうか。同質化することで団結力を高めて大きくなったというような。

石山 確かに従来の日本でのイノベーションとは、全て内製し、社内でフルセットを揃える「垂直統合型」を志向していました。
しかし、現在のイノベーションは、水平的な展開をしていく時代になっています。
世界の中で一番いいものを集めてきた上で、オリジナリティのあるものをつくれればいい、という考えが主流です。
垂直統合型で凄いものをつくっても、技術がちょっと変わってしまえばボロボロになる。
このように、過去の経験則や成功体験が通じなくなっています。

 逆に、新しいイノベーションを生み出せる組織とは、どのような傾向にあるのでしょうか。

石山 その組織がファシリテーションを受けられる土壌があるかどうか、というのはすごく重要ですね。
その組織内で、他の人とは違った意見を言ってもいいのかどうか、というところが問われるのです。

ところで、実は、パラレルキャリアを通じて外部で学ぶことと、ファシリテーションを学ぶことは似ているところがあると感じています。
私の研究でも、社外で活動した方が何を学んだかを調査したところ、2段階の変化があることがわかっています。

まず「多様な意見を受け入れることに違和感がない」という段階があり、さらに「多様な意見を受け入れながら新しいものを紡ぎだす」という段階があるのです。
2つ目の段階まで行くと、「自分の意見と違う意見を言われたとしても自分の人格まで否定されたわけでもないし、むしろどんどん聞いて新しいものをつくっていこう」と考え方に進化していきます。

資格の学習でも、スクールや自主的な勉強会などで外部の人に会う機会が増えますから、自分とは違う人と出会うことによってもこうした変化の契機になるだろうと思います。

パラレルキャリアに対する男女の違い

 パラレルキャリアに対する男女の違い、というのはあるのでしょうか。

石山 これは難しい質問ですね。ある部分と無い部分がある、と言えるでしょうか。

まず、本質的には無いと考えています。
私の研究で社会活動をしている方へのインタビューを行いましたが、そこでは男女差は感じませんでした。

しかしながら、実際には男女差というのは存在しているだろうとも思っています。
先ほどお話したような、日本的なメンバーシップ型の組織になじんでいる方からすれば、なぜパラレルキャリアが必要なのか、ということになるでしょう。
ただそれは、男女差というよりはメンバーシップ型の働き方にどれだけ染まっているかどうかということが大きいと思います。
その意味で男性の方がパラレルキャリアになじみにくい、ということは現実としてあるでしょう。

加えて、女性の場合は、育児等が始まると複数の役割をこなすことになるので、パラレルキャリアになじみやすいという面はあるかもしれません。

- 
現時点では、メンバーシップ型社会から自由で、かつ、複数の役割を持つことに慣れている女性の方がなじみやすい、ということはありそうですね。

こちらはパーソナルカラリストの方々の活動事例なのですが、女性の持つ行動力と言いますか、情報を広めていく力が発揮されているように感じています。
せっかく良いことを学んだのだから、この知識やスキルを周囲に広めていこう、という意欲が感じられる事例だと思います。

石山 学びが人とのつながりをつくる、ということに波及していくのが一番いいですね。
こういう形でコミュニティができると、そこがサードプレイスになるので人生に余裕が出てくると思います。

なぜ今、パラレルキャリアを取り上げたのか

石山 実は、この本を出したときに、「パラレルキャリアって昔からあるのに」ということも言われました。
兼業農家の方などはその好例です。

確かにそのとおりなのですが、現在のメンバーシップ型の社会において、パラレルキャリアのことを改めて打ち出すことにも意義があるのではないか、と考えたのです。

 石山先生がご参加されているキャリア権研究会の報告書でも、雇用者が戦後大きく増加している、というお話がありましたね。

石山 かつては第一次産業を中心に自営業者が多かったので、兼業農家のようなパラレルな働き方をしている方が多かったのです。
これが戦後の高度成長期において企業に雇用される方が増え、男性はメンバーシップ型の会社員に、女性は専業主婦に、とシングルなキャリアの方が増えてきたわけです。
しかし、近年では、共働きが多くなるといった逆転現象が起きるなど、これまでの働き方に関するパラダイムが大きく変化し始めています。

 我が家では保育園にこどもを通わせていたのですが、保育園だと共働き家庭も多く、まさにパラレルな役割を持って生活している保護者の方が多いのです。
そういう環境に身を置くことは、こどもにとっても親にとっても良かったと感じています。

石山 シェリル・サンドバーグさんの「LEAN IN」にも書かれていましたが、「母親が全面的に育児をした子供とそれ以外の人が育児に携わった子供の間に、発達の違いはない」、という研究結果も出ています。

むしろ、発達には、父親が育児に協力的である、母親が自律的な子育てに賛成などの要素の影響が強いとのことです。
育児に関してのいろいろな大人の関わり方が広く問われるでしょう。
 先生の書籍を拝読していますと、イキイキしている人が増えれば、世の中が良くなっていく、というお考えを大切にされているように感じています。
お子さんにとっても、接している時間よりも、親がイキイキしているかどうかの方が重要なのではないかと思います。

トランジションをどう乗り越えるか

-ところで、クラス会などに出ると、イキイキしている人とそうでない人がはっきり分かれます。
私の周囲では、女性の方が転職やら留学やらアクティブに動いてイキイキしている傾向にあるのですが(笑)。
こうした違いはなぜ生まれてくるのでしょうか。

石山 やはり、キャリア形成を主体的に考えているかどうかの違いも大きいのではないでしょうか。

「キャリアの転機」の理論の中で、ブリッジスが唱えている「トランジション」の考え方があります。
この考えにおいては、何かが終わって中立圏を経て新しい何かが始まる、いわば死と再生の経験があると、人間としても発達し、幅が広がる、と考えられています。

日本型雇用の中で転機がない、あるいはあっても感じないような状況におかれていると、トランジションを得る経験がなくなってしまいます。
近年では50代になって初めて大きな転機を迎えてしまい、ようやく自分のキャリアに直面する、というケースが多いのではないでしょうか。

- 役職定年を上手く迎えられない、例えば「気分は部長の時のままで、昔の部下に接してしまう」といという話も良く伺うところです。

石山 例えば「部長の鎧」が自分の中に出来てしまうと、その鎧を外すのが難しくなるのです。

しかし、転機があれば、中立圏(ニュートラルゾーン)に来た時に内省せざるを得なくなり、鎧というものを相対化してとらえられるようになります。
つまりは「自分が何か」ということを考えるようになります。

先ほども触れた、外の話を中に伝えようとして拒絶されて嫌な思いをすることは、実は良いことなのです。
会社の中でとらえていた自分の存在について、初めて疑いが生じるわけです。
重たいと思っていた鎧が実はそうでもなかった、ということに気が付きます。

外でアウェイを経験してホームに戻ると、実はホームもただのホームではなかった、と知ることで、外だけの人間でも中だけの人間でもなくなっていくきっかけになります。
そうして初めて「それでは自分は何なのか」を真剣に考えるようになるわけですね。

- とはいえ、トランジションのお話で言えば、「死」を迎えることは受入れ難いですよね。

石山 それはそのとおりです。
何かが終わる、鎧がなくなる。
そこを経て中立圏に達すると、深く沈まなければなりません。
それは辛い通過儀礼です。

しかしそれがあるからこそ、新しい一歩を踏み出せるようになるのです。
そして、こうした再生が存在するほうが、人間の幅は広がっていきます。
外に出て得た知識やスキルを用いることで、自分としては組織にプラスなことをしているつもりなのに、マイナスに評価されたり、「あれは危険だ」と言われたりすることがあるかもしれません。
そういうことを含めて、これも人生だと理解できるようになれば良いのではないでしょうか。

- 新しい視点を入れた方が人生豊かになる、ということなんですね。

石山 とはいえ、やはり最初はイヤですよね。

外に行くと言っても新しいコミュニティになじむのは大変ですし、外で学んで帰ってくると「かぶれている」と言われますし、トランジションは死や中立圏を迎えなければいけないですし。
ただ、確かに最初は辛さを乗り越えないといけないのですが、いきなり大きな変化に取り組むよりも、まずは小さなことからクリアすることを心がけてはいかがでしょうか。

- 個人も企業も、少しずつ変化をしていくことが大切だということでしょうか。
変化といえば、昔は資格取得のためのスクールに通うのも、会社に黙って通う、という方が多かったと聞きます。
「会社を辞めるのではないか」と疑心暗鬼になられるケースも少なくなかったそうです。
今では企業側も自己啓発ということが言われるようになり、会社で宣言して学習される方も多くなっています。

石山 確かにそういうこともありましたね。社会人大学院の学生の方は、まだご苦労されている方が多いと聞きます(苦笑)。

とはいえ、労働力人口がこれからますます減っていきますので、いい人材を獲得するには、イキイキとした人が働きやすい環境を整えられるかが重要になっていくでしょう。
社外での広がりを持って活動したり学んだり、パラレルな活動をしている人たちが働きやすい社会になるといいですね。 

プロフィール

石山恒貴(いしやまのぶたか)様

一橋大学社会学部卒業、産業能率大学大学院経営情報学研究科経営情報学専攻修士課程修了、法政大学大学院政策創造研究科政策創造専攻博士後期課程修了、博士(政策学)。
日本電気(NEC)、GE(ゼネラルエレクトリック)、バイオ・ラッド ラボラトリーズ株式会社執行役員人事総務部長を経て、現職。ATDインターナショナルネットワークジャパン理事、タレントマネジメント委員会委員長。
著書に、『時間と場所を選ばない パラレルキャリアを始めよう!』(ダイヤモンド社)、『組織内専門人材のキャリアと学習』(日本生産性本部生産性労働情報センター)等がある。

※法政大学大学院政策創造研究科のホームページはこちらから。